by happysatch 関連サイト
カテゴリ
全体 2019年九州場所 ちょっと近況報告。 今日のよそおい 花より音楽、それより団子。 日々のつっこみ 訳あり女の覚え書き 琴線ニュース 2019年秋場所 2019年名古屋場所 2019年夏場所(令和元年最初の場所) 2019年春場所 2019年初場所 2018年九州場所 2018年秋場所 2018年名古屋場所 2018年夏場所 2018年春場所 2018年初場所 2017年九州場所 2017年秋場所 2017年名古屋場所 2017年夏場所 2017年春場所 2017年初場所 2016年九州場所 2016年秋場所 2016年名古屋場所 2016年夏場所 2016年春場所 2016年初場所 2015年九州場所 2015年秋場所 2015年名古屋場所 2015年夏場所 2015年春場所 2015年初場所 2014年九州場所 2014年秋場所 2014年名古屋場所 2014年夏場所 2014年春場所 2014年初場所 2013年九州場所 2013年秋場所 2013年名古屋場所 2013年夏場所 2013年春場所 2013年初場所 2012年九州場所 2012年秋場所 2012年名古屋場所 2012年夏場所 2012年春場所 2012年初場所 2011年九州場所 2011年秋場所 2011年名古屋場所 2011年5月「技量審査」場所 2011年相撲不足期 2011年初場所 2010年九州場所 2010年秋場所 2010年名古屋場所 2010年夏場所 2010年春場所 2010年初場所 2009年九州場所 2009年秋場所 2009年名古屋場所 2009年夏場所 2009年春場所 2009年初場所 2008年九州場所 2008年秋場所 2008年名古屋場所 2008年夏場所 2008年春場所 2008年初場所 2007年名古屋場所 2007年九州場所 2007年秋場所 以前の記事
2019年 11月 2019年 09月 2019年 07月 2019年 05月 2019年 04月 2019年 03月 2019年 01月 2018年 12月 2018年 11月 2018年 09月 2018年 08月 2018年 07月 2018年 05月 2018年 04月 2018年 03月 2018年 02月 2018年 01月 2017年 12月 2017年 11月 2017年 09月 2017年 08月 2017年 07月 2017年 05月 2017年 02月 2017年 01月 2016年 12月 2016年 11月 2016年 10月 2016年 09月 2016年 08月 2016年 07月 2016年 06月 2016年 05月 2016年 04月 2016年 03月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 11月 2014年 10月 2014年 09月 2014年 08月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 09月 2013年 08月 2013年 07月 2013年 06月 2013年 05月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2011年 03月 2011年 02月 2011年 01月 2010年 12月 2010年 11月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 2009年 07月 2009年 06月 2009年 05月 2009年 04月 2009年 03月 2009年 02月 2009年 01月 2008年 12月 2008年 11月 2008年 10月 2008年 09月 2008年 08月 2008年 07月 2008年 06月 2008年 05月 2008年 04月 2008年 03月 2008年 02月 2008年 01月 2007年 12月 2007年 11月 2007年 10月 2007年 09月 2007年 08月 2007年 07月 その他のジャンル
|
2010年 08月 04日
今日(8/4)は伯父(父の次兄)の誕生日…のはずでした。
早いものでもう10日になりますが、7/24に天国に行ってしまいました。 68歳の誕生日目前の旅立ちでした。 先週の火曜日(7/27)にお通夜、翌日(7/28)に葬儀が行われ 最後のお別れをしてきました。 去年の9月祖母が旅立ったときと同じ斎場で、 伯父は荼毘に付され空に帰っていきました。 2年ほど前に舌癌が再発→転移して以来、 度重なる手術と危篤状態を乗り越えてきた伯父。 最後に「会話」したのは今月上旬、危篤状態から奇跡の生還をしたときでした。 カギカッコつきで書いたのは、1年前の手術で声帯を摘出して以来 筆談で話していたからです。 去年の祖母のお通夜のときは小さなパソコンを持参し「会話」してくれました。 抗がん剤治療が終わったばかりの伯父に 「順調に快復されているようでよかったです」と言ったところ 「30キロの機材を背負って歩いていたおかげで体力は自信あります」 的なことをぱぱっと打ってくれました。 その他色んなことを話しましたが、その打つテンポもとても速かったので まるで普通の会話をしているような感じだったのを憶えています。 そして最後の「会話」の時は流石にパソコンを操る体力がなかったので 「孫のお下がり」のひらがな文字盤を指差しながらの会話でした。 それでも饒舌にジョークも飛ばし、最後は力強く握手してくれました。 ああ伯父さんらしいな、まだまだ気持ちは切れていないから大丈夫だな、 と思いながら帰途につきました。 翌週もう一度お見舞いに行ったら、今度は薬が効いていたのか すやすやと眠っていました(そのように私には見えた)。 天気のいい日で、開いていた窓から心地よい風が入り込んでいて 少しめくれていたタオルケットから出ていた足はとっても白くて細かった。 それを見て悲しくなりましたが、でも薬が効いているということは きっとまた奇跡を起こしてくれるに違いない。 そう思いながら、起こさずに置き手紙だけして帰りました。 その10日後に訃報をきくことになろうとは…。 棺の中で眠る伯父は、長い闘いを終えた安堵の表情に見えました。 遺影は伯父の遺言により、現役時代(10年ちょっと前?)の写真が使われました。 そうそう、私たちの記憶の中の伯父さんってこんな感じだよ!と妹たちと声を上げました。 今にもカメラ抱えてその辺撮りだしそうな…。 テレビ局のカメラマンとして、主にドキュメンタリー系の番組に携わり 世界中を飛び回っていた伯父の家には、 まだ一般的に普及していなかった頃からビデオデッキがありまして 携わった番組の録画を見せてもらうのがいつも楽しみでした。 水槽に顔をつけて何秒我慢できるか?という科学番組の実験台になったり ヘリコプターから上半身を乗り出しながら黄河が逆流する瞬間をとらえたり ウイグル自治区の街の喧騒を撮ったり ジャングルの中何日も張り込んでイリオモテヤマネコを撮ったり 気球に乗って眼下の景色を撮ったりする伯父の映像を、憧れの気持ちで眺めていました。 家でも、ドキュメンタリーが放映されると家族全員でテレビの前に正座し(笑) 最後のスタッフクレジットで伯父の名前が現われるとみんなで拍手していたものです。 そして子供の頃遊びに行くたびに聴かせてもらったロケ時のエピソード。 それを語る伯父の目はいつも活き活きしていました。 私が異国の暮らしに興味を持ったこと、文化交流の仕事をしたいと思うようになったこと (会社員時代の仕事も、今の仕事も、大袈裟に言えばその一環だと思う。)、 好きなことを仕事にしたいと思うようになったこと、 今思えば伯父の影響がかなり大きかったような気がします。 そんな「色んな世界を見て撮ってきた伯父」は姪の私たち姉妹にとって 憧れであり自慢でもありましたが、 その気持ちがさらに強くなったのは、皮肉にも伯父が病に倒れてからでした。 饒舌だった伯父が声帯を失ったのは 心身ともに想像を絶する苦しみを伴ったに違いありませんが、 最期まで「自分らしさ」を失うことがありませんでした。 声帯が小型パソコンに替わっても、さらにひらがな文字盤に替わっても。 病状がまだそれほど深刻でなかったときは、 病室にパソコンやその他の機材(?)を要塞のごとく持ち込み 入院生活までも楽しむことを忘れていなかった、といとこに聞きました。 場所がジャングルの奥地であろうと、病院のベッドの上であろうと 自分の置かれた環境を最大限に「味わう」努力を忘れない人だったんだろうな と改めて思います。 気丈に参列者たちに挨拶をして回っていた伯母は、こんなことを言っていました。 「(伯父は)素晴らしい人生を送ってこられたと思う。 好きなことを仕事に出来て、趣味のテニスも思い切り楽しめた。 最後の2年間は本当に辛かったと思うけど、最後まで前向きだった。 天国に行ってしまったのは悲しいけれど、もう苦しまなくて済む」 伯父とお別れしてから1週間が経ち、我々も通常の生活に戻りました。 相変わらずもりもり食べてぎゃはぎゃは笑っている私は ひょっとしてとてつもなく非情なんだろうか?…とふと思うことがあります。 お通夜やお葬式で涙ぼろぼろ流していた自分が偽善者に思えてしまって 自己嫌悪になってしまうこともあります。 でも、どっちも本当の気持ちなんですよね…。自分でも不思議ですが。 せめて、伯父のように、色んなことを楽しみながら人生の糧にしていける そんな人間になりたい と思います。 ジャズが好きと言っていた伯父には、この曲がぴったりな気がします。合掌。 Louis Armstrong / What A Wonderful World (この素晴らしき世界)
by happysatch
| 2010-08-04 16:58
| ちょっと近況報告。
|
ファン申請 |
||